東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12180号 判決 1968年5月30日
原告
中島富士男
ほか二名
被告
加藤肇
主文
1 被告は原告中島富士男に対し、二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金銭を支払え。
2 同原告のその余の請求および原告中島亀蔵、同中島ハナの各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
4 この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
一、当事者の求める裁判
原告ら―「被告は、原告中島富士男に対し四〇〇、〇〇〇円、原告中島亀蔵に対し一〇四、五七〇円、原告中島八ナ(以下原告らを順次に、原告富士男、同亀蔵、同ハナという。)に対し一四〇、九二〇円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言
被告―「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
二、原告らの請求原因
(一) 交通事故の発生と原告富士男の受傷ならびに被告の地位
昭和四一年一月一七日午後一時頃、東京都板橋区桜川一丁目三番地先道路において、被告がその所有の自家用三輪貨物自動車(練六れ一六―四一、以下被告車という。)を自己のため運転中、被告車と原告富士男とが接触し、同原告はその場に転倒し、よつて右前頭部・右頬部打撲傷、脳内出血、顔面打撲傷、鼻部上口唇粘膜歯齦口蓋部裂傷、鼻骨変形骨折、左腸骨部打撲傷、歯二本半切欠損の傷害を蒙つた。
(二) 治療の経過および傷害の程度ならびに加療の結果(後遺症状)
(1) 原告富士男は、右事故後訴外花岡病院に収容され、同年三月一八日まで口内部手術等の入院加療をうけ、さらに同病院の奨めによりその頃から通称日大板橋病院に転じ通院加療した。
(2) 同原告は入院当初三日間人事不省で、脊髄に血が混入したため、一か月間絶対安静を指示されたので、原告亀蔵、同ハナはその間附添い、不眠の看護をした。
(3) 右加療の結果、外傷は治癒したものの、(イ)左鼻骨不全骨折のため、顔面の外貌変容し鼻筋が右に著しく曲つたままになり、(ロ)運動すると多量の発汗をする異常状態になり、そのうえ(ハ)階段の昇降の際右大腿骨に激痛を生ずるという後遺症類似の状態にある。
(三) 原告らの蒙つた損害
(1) 原告らの身上
原告富士男は昭和三二年五月一八日生まれの健康な男子で本件事故当時小学校二年に在学し、成績も優良であつた者、原告亀蔵は原告富士男の父、原告ハナは原告富士男の母である。
(2) 原告亀蔵、同ハナの蒙つた財産的損害
(イ) 原告亀蔵は、原告富士男の治療費として三、〇二〇円、治療関係費用として一、五五〇円を支払つた。
(ロ) 原告ハナは原告富士男の前記入院期間中、これに附添看護したものであるが、昭和四一年二月一六日から同年三月一八日までの三一日間につき一日当り一、三二〇円の割合による合計四〇、九二〇円の附添費用
なお被告は、原告冨士男の全入院期間、原告ハナの附添費用として、一日当り右同率による金銭を支払うことを約していたものである。
(3) 原告らの慰藉料
(イ) 原告富士男の分 四〇〇、〇〇〇円
同原告は本件事故により前記のとおり重篤な傷害を蒙り、長期間入・通院加療を余儀なくされ、このため昭和四一年一月一八日から第三学期の全期間登校することができず、その学業にも重大な悪影響を蒙つたばかりか、外傷治癒後も、前記(二)の(イ)(ロ)(ハ)のとおり後遺症類似の身体状況にあり、既往および将来の肉体的精神的苦痛は甚大である。
(ロ) 原告亀蔵、同ハナの分 各一〇〇、〇〇〇円
右原告両名は、原告富士男の受傷により、多大の精神的衝撃をうけ、ことに受傷当初期には、危篤状態を呈したため、これに附添い不眠の看護を続け、その心痛は筆舌に尽し難いものがあり、しかも外傷治癒するも、前記後遺症類似の身体状況にあり、同原告の学業、結婚等将来の社会生活全般に想を致すと、著しく精神的苦痛を覚える。ところが被告は、前記のとおり治療費および附添費の支払を拒み、慰藉の措置を講ぜず、原告らの再三にわたる損害填補交渉の申入れにも応じないで、誠意を欠く態度を続けている。
(4) よつて被告に対し、原告富士男は前記(3)の(イ)の慰藉料四〇〇、〇〇〇円、原告亀蔵は(2)の(イ)の治療費・治療関係費用合計四、五七〇円と(3)の(ロ)の慰藉料一〇〇、〇〇〇円の合計一〇四、五七〇円、原告ハナは(2)の(ロ)の附添費四〇、九二〇円と(3)の(ロ)の慰藉料一〇〇、〇〇〇円の合計一四〇、九二〇円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、請求原因に対する被告の答弁および抗弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中、原告富士男が訴外花岡病院および通称日大板橋病院に入・通院したことは認めるが、(3)の事実は否認し、その余の事実は不知。同(三)の事実中、原告富士男が当時小学二年に在学していたこと、原告亀蔵、同ハナが原告富士男の父母であること、被告が昭和四一年二月一六日以降の附添費を支払つていないこと、慰藉の措置を講じていないことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告は原告らに対し、治療費を全額負担することは約したが、附添費全額を負担することを約したことはない。また原告富士男の傷害は前記入・通院加療の結果完治したものであつて、現に昭和四一年四月二〇日付の学校医の健康診断によれば、身体的所見において何等異常なく、第三学年間を通じて一日欠席したにすぎない。
(二) 抗弁
(1) 免責の抗弁
本件事故現場は交通頻繁な川越街道で、当時被告が被告車を運転進行中、進路前方右側の下り坂道から、原告富士男が自転車(以下原告車という。)に乗り進来するのを発見し、急制動措置を採り停車したところ、その右側後部に原告車が衝突したものであるが、原告車は制動器に故障があり、下り坂道であるから、この場合既に小学二年生であつた原告富士男は原告車から降り、これを携帯し、かつ左右の交通の安全を確認のうえ、川越街道に進入すべきであるのに、これを怠り、左右の交通の安全を確認せず、制動器に故障のある原告車を搭乗運転し坂道を降下して漫然川越街道に進入し、急制動中の被告車を発見するも、急停車できなかつたため、本件事故に遭つたもので、本件事故発生の原因は、専ら同原告の右過失もしくは、右のように故障した原告車を運転させた原告亀蔵、同ハナ両名の両親が負担する監督上の過失に存する。
従つて本件事故に基づく損害につき、被告はこれが賠償責任を負担しない。
(2) 過失相殺の主張
仮りに被告が右賠償責任を免れないとしても、本件事故発生につき原告らにも右のとおり過失がある。
(3) 損害填補の主張
被告は原告富士男の入院治療費および附添費として合計一五八、九五〇円を原告らに支払つたから、原告らの損害は填補された筈である。
四、抗弁に対する原告らの答弁
原告らが被告からその主張の金銭を受取つたことは認める。しかし本訴請求は受領し損害に充当した以外の分である。
五、証拠 〔略〕
理由
一、請求原因(一)の事実(交通事故の発生と原告富士男の受傷ならびに被告の地位)および原告富士男が受傷加療のため、訴外花岡病院に入院し、さらに通称日大板橋病院に通院したことは、当事者間に争がなく、〔証拠略〕を総合すると、
(1) 原告富士男は本件事故後、訴外花岡病院に収容され、直ちに手術をうけたが、数日間は人事不省であつて、一時重篤な症状を示したため、その余の原告らがこの間附添つて寝ずの看護をしたこと、その後昭和四一年三月一八日まで引き続き入院加療したところ、その頃には口内部の症状は軽快したため、退院したこと、一方その頃には、外傷性鼻骨骨折のため、鼻骨が軽く右に偏位し、左鼻中隔と鼻腔粘膜との癒着を残し、全身麻酔下の施術を要する状態であつたため爾来主として鼻部の外傷加療のため通称日大板橋病院に通院した結果、同年四月上旬頃には、外傷は殆んど治癒したこと。
(2) ところが、原告富士男は、病後やや疲れ易く、運動の後には多量の発汗を伴うので、小学三年生になつた同年度の第一学期中は、体育課程のうち駈足、跳箱等運動の激しい場合には、単に見学するに止め、第二学期からは他の学童に伍して普通に各教科をうけるに至つたが、その後もなお常人に比して時にやや多量の発汗を呈するようになり、また鼻部傷害は完治したものの、鼻筋がかすかにくぼみ、右にまがつてしまい、顔面外貌に軽度の変形を遺したこと
が認められる。右認定に反する〔証拠略〕は、前掲証拠に照らして信用しない。右各事実によれば、被告は自賠法三条所定の運行供用者として、原告らの蒙つた後記損害の賠償責任があるといわなければならない。
二、被告は本件事故発生につき自己の無過失を主張し、いわゆる免責の抗弁をするが、これを認めるにたりる証拠はなく、却つて〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。
(1) 本件現場は、南方通称環七通りと北方川越街道とをほぼ南北に結ぶ幅員約七・八メートルのアスフアルト舗装の平坦な直線路(以下南北路という。)と、西方通称立教グランドから東下する砂利道(以下東西路という。)とが丁字形に交差する交通整理の行われていない交差点であつて、南北路の東側は、側溝に続き高さ約一・七五メートルの生垣をへだてて苗木畑が連なり、西側は、有蓋側溝に接して金網張りのテニスコート(以下甲テニスコートという。)が設けられ、東西路は交差点附近において、北側には巾三メートル余の平坦な雑草地帯と坂をへだてて甲テニスコートに続き、南側は幅六メートル余の平坦な雑草地帯をへだてて金網張りテニスコート(以下乙テニスコートという。)に接し、宛も両テニスコートに挾まれた谷間状の部分にあり、有効幅員終五・三メートルで、東方にむかつて約二度の下り勾配の凹凸道であること、甲テニスコートの東側と南側とは、直角をなし、それぞれ高さ約一・三五メートルの大谷石垣の上に、やや粗目の金網が高く張られ、その前面には数本の落葉樹がまばらに植えられていたが、事故当時は落葉していたため金網をすかせば、南北路を南進する者と、東西路を東進する者は、数一〇メートル先から相互に見透すことができるが、南北路を疾走する車両の運転者や東西路を進行する坐高低位者の場合には、みとおしは悪くなること、東西路の悪路状況は、交差点に近づくほど悪化しているため、自転車を運転してこれを疾走進行することは困難であるが、他方極端に低速度で搭乗運転すれば転倒のおそれがあること
(2) 原告亀蔵は本件事故発生の一年位前に原告車を原告富士男に買い与えたものであるが、殆んど故障がなかつたこと、原告亀蔵・同ハナは原告富士男が友人と共に屡々立教グランドへ遊びに行くことを知つていたこと、原告富士男の坐高は当時七〇センチメートル余であつたこと、
(3) 原告富士男は本件事故発生当日も立教グランドへ行き、自転車を携帯した者も含む友人五名位と帰途につき、原告車を搭乗運転し、一行の先頭に立つて東西路を東進し、左折して南北路に進入しようとしたが、前記交差点に進入直前まで比較的低速度で左側端から約一・六メートルの地線を進行したものの、左前方南北路の交通の安全に全く考慮を払わず、またブレーキを作動することなく、進入直前に至つて左方南北路から、被告車が南に進来するのに気づいたが、その進来前に自車を進めうるものと考え、ブレーキもかけないで、漫然直進したところ、後記のとおり、停車直前の被告車の右側後部に接触したこと、他方被告は、従前数回南北路を通行し、東西路の西方に立教グランドがあることおよび南北路を相当の速度で南進するときは、東西路の交通状況の確認が困難になることをいずれも知つていたが、事故発生当時被告車を運転して南北路の中心線附近を指定最高制限速度を五キロメートル超える時速約四五キロメートルで川越街道方面から南進中、東西路の概東端に原告車を搭乗運転し交差点に進入しようとしている原告富士男を発見した際には両者の距離は約一五メートル(甲テニスコートの南北隅から被告車までは一〇メートルにみたない。)に迫つており、直ちに急制動に及ぶとともに、ハンドルを僅かに左(東)に切つたが、中心線のやや左寄りで遂に接触事故をみるに至つたこと、右事実によれば、このような場合は、指定最高制限速度を守り、かつ道路左側を通行すべきことはもちろん、金網をとおして東西路の交通状況を確認しうる程度に減速するか、もしくは相当減速したうえ、警音器を吹鳴すべきであるのに、これを怠つた点に過失があるといわなければならない。他方原告富士男もまた交通の安全につき配意することのできる年令であり現に屡々軽車両を運転して公道を往来していたのであるから、著しい悪路であるうえに下り坂道になる東西路を東下し、南北路に進入するには、あらかじめ南北路の交通の安全を確認のうえ、自転車から下車し、これを携帯して交差点に進入するか、もしくは交差点直前で一旦停止し、南進車の通過をまつて自車を進めるべきであるのに、これを怠つたため、本件事故発生の一因を供したものというべく、なお右原告の父母である原告らは、原告富士男に対し本件交差点の如き道路に進入する際の配慮方を具体的に充分教導すべきであるのに該教導に欠けるものがあつたと推認される。右認定に反する〔証拠略〕は信用しない。なお被告は原告車の制動器の故障を主張するが、これを認めるにたりる証拠はないし、本件事故発生につき、原告富士男が被告車を発見後も制動器を使用しなかつたものと認めること前示のとおりであるから、仮りに原告車の制動器の故障を想定しても帰責原因の結論にも、後記過失相殺の割合にも特段異別の判断結果に到るものではない。
三、原告らの蒙つた損害
(1) 原告亀蔵が原告富士男の父であることは、当事者間に争がなく、〔証拠略〕を総合すれば、同原告は、原告富士男の入院加療に際し、炭代、診断書料等いわゆる治療関係費として一、五五〇円、および昭和四一年三月中に通称日大板橋病院に治療費として三、〇二〇円を支払つたことが認められる。
(2) 原告ハナが原告富士男の母であることは当事者間に争なく、〔証拠略〕によれば、同原告は原告富士男の入院加療中これに附添看護したこと、このうち昭和四一年二月一五日までの合計三〇日については一日一、三二〇円の割合による金銭を被告から附添費として受領したことを認めることができ、これに反する証拠はない。この事実によれば、原告ハナは、原告富士男の入院加療に際し、附添看護のため、なお一日一三二〇円の割合による三一日分合計四〇、九二〇円の損害を蒙つたものといわなければならない。
(3) 原告富士男の慰藉料
原告富士男が本件事故当時小学二年生であつたことは当事者間に争なく、〔証拠略〕によれば、原告富士男は、本件受傷当日から二学年の三学期中、全く登校できず、そのため外傷治癒後も算数等の学業成績がやや低下し、補習授業を必要としたことが認められ、この事実に前記一認定の後遺症状および顔面外貌の変容の点ならびに、被告側が原告富士男の受傷の程度を過少視し、損害賠償の接衝において、必ずしも充分な誠意を尽さなかつたことをあわせて考えると、同原告が蒙つた既往ならびに将来の苦痛を慰藉するには、四〇〇、〇〇〇円が相当であると認める。
(4) 原告富士男が受傷の部位・程度が前認定のとおりである本件においては、その父母である原告亀蔵・同ハナに未だ近親者固有の慰藉料請求権が発生するものとはいえないから、右原告両名のこの分の請求は棄却を免れない。
(5) 損害の填補
被告が原告らに対し、治療費および附添費として合計一五八、九五〇円を支払つたことは、当事者間に争がないが、弁論の全趣旨によれば、原告らが本訴において請求するものは、これを除外した残余であることが認められる。
四、過失相殺
叙上認定事実および弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告らの蒙つた損害の総額は、治療費および附添費合計二〇四、四四〇円(4,570円+40,920円+158,950円=204,440円)と原告富士男の慰藉料四〇〇、〇〇〇円であるところ、前記のとおり本件故発生につき原告らにも過失があるが、学童の蒙つたかなり重篤な傷害であることを考慮し、前者については、過失の斟酌の程度を概ね四分の一弱にとどめ、被告に対する賠償額を一五八、九五〇円(従つて前記(5)の被告の支払により、すべて弁済され、本件において原告亀蔵が請求する四、五七〇円も原告ハナが請求する四〇、九二〇円もいずれも消滅した筋合であるから、これらは棄却を免れない。)とすべく、後者については、その他諸般の事情を併考し、その二分の一を減じた二〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
五、結論
よつて、被告は原告富士男に対し、二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年一二月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告富士男の本訴請求は右限度において正当であるから認容し、同原告のその余の請求および原告亀蔵同ハナの請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 薦田茂正)